あなたが許されるときー禅の言葉。木を伐り水を運ぶ。アバターSpritualLesson④

 

自分をよく見せていたメッキが剥がれた。

とりあえずその時持っていたものがなくっなて、失うものがなくなったときに、本当にどれだけたくさんのものを持っていることに気づいたのです。

 

何かを必死で守っていたときには、「ない」って思っていたのに、全部なくなると、「豊かさ」がそこにありました。

 

人生って本当にオモシロイですね。


悟ることは、「差」をとること。あるがままに見ること。ただ人生を生きること。


こんにちは、アバターマスターのさいわいとみよです。

 

前回のブログで自分の価値観が大きく崩れたわたし。

人生の真実、成功することより大切なこと。本当のこと教えて!!!と叫んでいた。

わたしの持っていた「考え、信念」は「成功していること=何か欲しいものをてにいれること」「人生が順風満帆であること」「一般的に見て、みんなが評価しているものを得ていること」そんな風に根底に本気で信じていました。

 

だから、自分がそうでなくなったときに、起きた出来事を受け入れられず、

「うまくいっていない」👉「うまくいっているようにみせねばならない」と完璧であることを無意識に課してしまったのです。

 

 

わたしは今の「幸」っていう名前は結婚後の名前ですが、すっごくいい名前だったから旧姓にもどさず、そのままの名前にしたのですが、

もうひとつ理由があって、離婚するとき、「幸さんなのに離婚したの?」って言われたくなくて、それが怖くて、「幸」の名前にしたのも事実です。

本当に、今考えたら、自分でもそんなこと?って思うのだけど、それほど人の評価や人の目を気にしていたワタシがいたのです。

 

 

人生のほつれをうまく取り繕ろうとしていたワタシだったのですが、自分のチカラだけではどうしようもなく、ようやく人の助けを借りるという尊い学びを得ることができました。

 

受け取るということは、豊かさの象徴であるし、感謝の表現なのですね。

 

メッキが剥がれて、とりあえずその時持っていたものがなくっなて、失うものがなくなったときに、本当にどれだけたくさんのものを持っていることに気づいたのです。

 

何かを必死で守っていたときには、「ない」って思っていたのに、全部なくなると、「豊かさ」がそこにありました。

人生って本当にオモシロイですね。

 

 

両親は健在で、妹や妹家族は健康でした。いつも支えてくれる仲間もいます。

何よりわたしは健康で、仕事もできるし、意識もクリアです。

人生をポジティブにできる意識の使い方も知っています。

助けを求めることができれば、それにこたえてくれるという人がいるということが、何よりの豊かさだと気づいたのです。

 

すべてが人のご縁と信頼で人生がなりたっているのだと。

 

例えば、わたしが作れないお米や、野菜などを誰かがつくってくれている、それを受け取っているからわたしが食べられる。

仕事にしてもワタシを信頼してくれているからどこかで働くことができるし、お金を交換できる。

家も、提供してくれている人がいて、だから住むことができる。水道も電気も、ガスも、電車も生活すべて、人がくれているものを受け取っている。

 

すべてが、お互いを支えあっているバランスの中の一部として生きているし、生かさせているのだ。

 

 

わたしは「人」によって支えられているという深い感謝を始めて感じました。

生きた学びとして経験しました。

 

なんてこと!わたしは、本当に一人では生きていけない。

「わたしってちっぽけやなぁ」って。

「わたしは、弱い、人に助けれもらって生きている」

「ちっぽけで、弱くて、頼りない」

 

人生の中で挫折感や、落胆を経験したときに、それが、かっこ悪いって思っていることが、

「かっこ悪すぎる」って。

 

ちっぽけすぎる、人生はもっともっと深くて、偉大なステージなんだ。

 

めちゃ。なめとった!!!

 

そうして、アバターコースというものを、何かを得るための成功のコースとか、社会的基準点を満たすためのコースとしてちっちゃくまとめて提示してきた自分にきづきました。

 

こっちもなめとったんです!(笑)

 

人生は「何かを得る場だ」と本当に思い込んでいました。

 

大人になったら働いて、今生きるためと、将来のためにお金ことを考えて、結婚して、家族をもって、家をもって、快適に暮らして老いていくもの。

どんな経験をして、その結果何を得たか?人生の最後に何を持っているか?

 

違う、違う、違う!!

「人生は、今、生きていること」「今、誰かと一緒に生きていること」

「今、感じていること」

その連続にすぎない。だから、今生きて、今、何を学んでいるか?自分に何ができるのか?

その連続ことが「生きていること」なんだって。

 

 

「毎日生活していること」と「今、生きていること」

 

 

これは大きな違いだなぁって気づいたのです。

 

それは、自分次第で、すべてを意図的に生きることができる。

 

ということ。

 

 

この閃きから、わたしの大好きなアバターの道の本を読み返しました。

「シンプルな答えーアバターの道 第2章17P」にハリーさんがヒッピー仲間に「覚醒を見出した」という溶接工の男に会いに行ったことが書いてある節があります。

 

ハリーさんが「覚醒はどうやって見出すのですか?」と尋ねたところ、

その男の答えは、

「テレビを消して、本を捨て、自分自身でいることさ」

 

この章を読んだとき、禅の言葉「木を伐り、水を運ぶ」を思い出しました。

 

悟りの前、「木を伐り、水を運ぶ」

悟りの後、「木を伐り、水を運ぶ」

 

今、生きていることを知りながら、「生きること」

「わたし」が何者か知りながら、「わたしが生きること」

 

「わたしが何もかわからないまま、肉体を活かすために、生活していること」と、

「わたしが、今、生きること」とは違います。

これは人生に於いて重要な違いだと思ったのです。

 

 

この経験のあと、わたしはようやく、「自分の人生を生きること」「意図的に生きる」というアバターのメッセージを生きた学びの中で真に理解していったのです。

 

自分の人生は過去世からの影響の統合やカルマの解消や、魂の目的が何にせよ、

人の人生とは違うのです。

比べようがないのです。

私たちは競争や、評価される社会であまりにも教化されていて、いつも目に見えない集合意識の基準点に振り回されて、いつも誰かと比べ、上下をつくり、ほかの人がつくったものさしの評価を気にしてしまいます。

全く、意味がありません。

 

自分の人生の学びにはスピリチュアルなステップがあり、学ぶべきレッスンがあります。

 

人と比べようがないのに・・・・・

わたしは、ずっと、振り回されていて、自分を見失っていたのです。

 

 

なんて人は尊いのかな?

みんな人生が違っていて、学びが違っていて、ステップが違っていて。

今、一緒に生きている。

 

アバターの意識の探求がくれた学びはわたしを悟りの道へを誘ってくれました。

 

わたしは、弱くて、非力で、そして、同時に、唯一無二の尊い存在です。

 

 

アバターはあなたの人生への宇宙的観点の贈り物です。

 

 

そして、わたしが、「人生の得るもの成功すること」に対する古い考え、執着をやめたとき、「より深い人生観、自らの人生の悟りの道の探求をしたい」という人たちが現れ始めました。わたしはその人たちにアバターを伝えることになっていったのです。

 

 

外の世界に何を得ること、賞賛、評価、物質を集めて満足すること、

多くの人がこれに興味を失ってきています。

 

あなたはあなたの内側を十分に満足させたがっています。

あなたの魂がいつもあなたに質問しています!

 

「いま」「なんのために」「生きているのか?」

「わたしとは誰か?」

 

この「答え」を果てしなくあなたの宇宙へと手を伸ばして、そこにあるものを、あなたが手にしたそれをあなたのものにしていいのです。

 

あなたの人生にアバターが現れるのを許してください。

どうぞ、アバターを手にしてください。


どうやったらアバターを学べますか?


意図的に生きるというタオ

 

「わたしは森へと出かけた。なぜならわたしは意図的に生き、人生の本質的事実のみと対峙し、人生が教えてくれる必要のあることを学べないか確かめることを願い、死に際になって自分が生きてはいなかったと発見することなどならないよう願っていたから」-ヘンリーデービット・ソロー

 

 

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