内観のススメ②人生に無駄はあるのか?

私が一番最初に「自分の心との対話」をしたのは、25歳のとき一人旅をしていた時だった。 わたしは自分のやりたいこと、わくわくすることには飛びつくタイプで、でも、もう一人の私はそれを歯止めをかける「言い聞かせる」自分がいた。 自分の好きなこと、したい仕事を自由にやりたい!と、わくわくしながら始めるのだけれど、それをやり始めたら急に不安が襲ってくるのだ。 「これでいいのか?」「もうちょっと考えた方がよかったのか?」「わたし間違っているかな?」 いつも周りと比べて、正しいか?間違っているか?を考えては自分はダメだと否定したり自分を罰するということをやっていた。 この自分に歯止め「ブレーキ」をかける感じというはの、まさに母親の声に似ていたりしていた・・(笑) 25歳のとき、正社員を辞めて、アナウンサー養成講座に通い始め、遊園地でキャラクターショーの司会をやったりしていた。自分に何ができるかわからなかったけど、何かを表現したくて、最初にもらったお仕事が見事に当たり一生懸命やっていた。 でも、途中でいろんなことがあり、自分の劣等感を感じることや、自己否定が顕著にあらわて、目的も見いだせないまま一言でいえば挫折してしまった。 そんな落胆の中、突然、「オーストラリアに行こう!」って思ってすぐ準備した。 現実から逃げ出したかった。逃げてる自分も知っていたけど、それも許してあげたいくらいに心が疲れていた。 世界の中でたくさんの国があるのに、私は赤土の広大な大地に身を委ねたくて、エアーズロックを目指した。 ケアンズでダイビングをした後に、ダーウィンというオーストラリアの最北の小さな町に行き、「3週間っていう短い旅行者が選ぶところじゃないよ」って笑われたけど、アボリジニの遺跡たくさんある場 所で、アバターをやったあとになぜそこに行きたかったがわかった。 ダーウィンからアリススプリングス(エアーズロックへ抜ける中継地点のような町)そのあと、最南端の町アデレードへ抜けるスチュアートハイウエイ、北から南へまっすぐに抜ける一本道。 バスで時速120キロ以上で走ってもまるまる2日間かかる距離。 24時間何にもない赤茶けた大地に陽が沈み、月が上り、やがて夜が明けて、また沈む。次の日の朝日が昇るまでずっとバスの中でただただ変わらぬ景色をずっと眺めていた。 この旅の間、旅日記をつけていた。自分の感情や考えを書き出す時間になっていた。ありのまま自分の感じていること、浮かんだことをそのままを、半ば吐き出すように書いていた。 会社を辞めたこと、よかったのか?わるかったのか?わたしはいったい何がしたいのか?ちゃんと年相応らしくしなきゃ。らしく、って何なの?年相応って?25歳って若くないの?まだ若いの?結婚しないといけないかな?ちゃんと仕事もして稼いで、将来のこと考えなきゃ。ちゃんと仕事するってどういうこと?将来の何について考えるの?私はなんのために何をしているの?その理由は?何が正しいんだろう? エアーズロックが近づいてきたときに、友達になったコウヘイがポツリと言った。 「なんにもないな・・・無駄に広いし。 でも、オレ、オーストラリアのどこが好きって、無駄に広いところかな・・・」 「無駄に広いか・・・・」 そっか、私は何かを無駄にすることを恐れていたんだなぁって気づいた。 だから、いつも外側に答えを求めて、何が正しいの?間違っていないかな?っていつも自分の決めたことが不安で、それこそ、無駄な心配ばかりしていた。(笑) 本当にほとんど雑草しか生えていない赤茶けた大地。そこにどんと存在する一枚岩。先住民のアボリジニの人たちが聖地をあがめている場所。 そっか、だから聖地なのか? と、直観的になんとなく腑に落ちた。 もう一回自分に聞いてみた。 「なんのために何をするのか?だた、好きだから・・・・」 そっか、ただ好きだから!なぜ好きなのか?を質問する前に、好きだからやってる!だけでいいやんか!! ただ、わくわくするから! それに理由が必要?それに成果が必要? それも私が決めることか! 帰国後、ずっと前からやってみたかった芝居を始めることにした。